オリンピックの期間が憂鬱である。
お気に入りのNHKの番組はすべて駆逐されて、朝から晩までオリンピック中継。
ようやく閉会式が終わったと思えば、パラリンピックで同じことが繰り返される。
四年に一度と思えばこそ我慢もできるが、あにはからんや今度は冬季オリパラが待ち構えていた、という具合なのだ。
陸上100メートルのような、メジャーな競技はいざ知らず。百歩譲って、メダルのかかった決勝戦ならかまわない。
だがしかし、聞いたこともないような種目の、日本人が出てもいないような予選会まて、公共の電波が朝から晩まで垂れ流すというのが、はたして本当に正当なのか?
もちろんNHKの、立場はわかる。
公共放送たるもの、すべての国民の希望に配慮しなければならない。
任意の種目だけ中継しないということになっては、どんなに少数だろうと、必ずそこから抗議の声があがる。それではマズイのだ。
何であれ「切り捨てる」とことは、差別であってけしからん。衡平性を欠く。この悪平等の世の中では、すっかりそんな風潮が醸成されてしまった。
だからへたな価値判断をはさむよりは、一つ覚えで、片っ端から放送してしまった方が無難なのだ。
何しろNHKだもの、視聴率はどうでかまわない。誰も見てなくったっていいんだ。
怖いのはただ、視聴者からのクレームだけなんだから。
*
そこでみなさんに問いたい。
オリンピックの種目の、すべての金メダルに、本当に対等の重みがあるのか?
考えてもみたまえ。
例えば陸上の100メートルなら。ほとんどすべての人類が100メートルを走ったことがあるし、走ることができる。いわば潜在的競技人口は、ほぼ百パーセントだ。
そこでの金メダルだから、「人類で一番」と標榜しても、別に差し支えないだろう。
だがしかし、例えばカーリングの競技人口は、どのくらいなのだろう?
川や湖が凍結するような、寒冷地の子供たちとか。あるいはスケートリンクに通い詰める、経済力のある富裕層とか。
それ以外には、このスポーツ競技に親しむことは、できないはずである。
だとしたら、そんな微小な集団の中での金メダルが、本当に「人類で一番」と言えるのか。陸上100メートルの金メダルと、同じ重みがあるか?
冬季五輪ですらそうなのだ。ましてやパラリンピックときたら、障害の種類と程度でクラスを分けるものだから、陸上競技だけでこのありさまだ。
一体何種類種目があるのか、数える気力も失せてしまう。
それぞれの該当の種目に、世界で何人の競技者がいるのか? その中で一番であることが、ウサイン・ボルトと同じだけの値打ちがあるのか?
もちろんハンディを乗り越えて、限界に挑戦する姿には、確かに崇高なものがある。
だがそれを言うなら近所の草野球だって、高校生の部活だって、みんな歯を食いしばって必死に頑張っているかもしれない。
努力賞だというのなら、それこそ世界中に無数のメダルを、配って回らなくてはならないだろう。
そもそもそうやって、無数に細分化を進めていけば、誰でも金メダリストになれるんだ。
「年齢60才7か月、体重63.25キロ、身長169.25センチ級」のように絞っていけば、自分だって金メダルが取れる(笑)
最後にはどうせ、対戦相手は2,3人になっているだろう。それでも勝てそうもなかったら、該当者が一人になるまで、検索条件を狭めていくだけである。
そうやって、こんなクソおやじが金メダルを取れるとして、NHKは放送するのか? 国民は涙を流して応援するのか? そんなはずはないだろう。
もちろんこれは極論だが、極論の中にはいつでも、いくばくかの真実がある。――
*
どうしてかくまでに途方もない、競技の細分化と、増殖が進められたのか。
もちろんそこにはIOCと、マスコミ(テレビ局)の思惑がある。
オリンピックと言えば、最大の人気のコンテンツである。放映権料やら何やらで、莫大な金を産み出してくれる、打ち出の小槌だ。
だがしかし、もしその競技が主要な、数種目しかなかったとしたら? 放送なんて数日で、あっという間に終わってしまう。
そんな事態を避けるために、主催者の強欲を満たすために、次々と新競技が導入され、必要以上に細かいクラス分けがなされる。そしてそのすべてに、「金メダル」が与えられるのだ。
そんな無理やり、水増ししただけの金メダルに、本当の値打なんかあるはずもない。
見たことも聞いたこともない競技。誰もやってないような種目で世界一だとして、それのどこがそんなに偉いんだ?
でもそんなことを言ったら、身もふたもない。誰も番組なんて、見てくれなくなってしまう。
だから必死の演出が行われる。何もかもが、涙と感動のドラマにでっち上げられる。
「スケートボード」の「ストリート」で、人類史上初の大技に成功したと、アナウンサーが絶叫する。
あんたの言う「人類史」って、いったいいつから始まったんだ、と思わず突っ込みたくなる。
*
たとえ大安売りの金メダルでも、夜空の星のような栄光の輝きが、あると思い込ませる。――
すべてはIOCの商売だ。テレビ局のビジネスだ。巧妙でずる賢い、金勘定にすぎない。
だがしかし、疑うことを知らない善良な日本国民は、そんな戦略にすっかり踊らされて。
今日もまたカーリング女子の中継に、ニッポンチャチャチャを叫び、感動のメダルに涙を流すのだ。……
コメント