トランプ暗殺未遂事件の直後の、「サンデーモーニング」(TBS)だ。
キャスターを務める膳場貴子が、コメントした。
――(トランプ陣営の)プラスのアピールになりかねない感じがしますね。(注)
それを聞いたネット民が、大騒ぎだ。
前大統領の命が狙われ、実際に犠牲者も出たのに、不謹慎すぎる。人間としてどうなのか、というわけで、抗議の電話が殺到しているらしい。
例によって、ネットリンチの餌食を探していた連中が、絶好のターゲットを見つけた。
膳場が土下座するまで、――降板するまで、あるいは首をくくるまで、執拗な攻撃はいつまでも続くだろう。
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だがしかし、結果を見てみろ。
事件後、トランプの支持率は沸騰した。
銃弾が耳をかすめて終わったことで、本人は「神が自分を生かした」「自分は神に選ばれた」と豪語している。
トランプを『民衆を導く自由の女神』(ドラクロワ)に擬したポスターが作成され、飛ぶように売れているという。


何のことはない。事件はちゃんと「トランプ陣営のプラスのアピール」になったわけだ。
膳場のコメントは、実は的確だったのである。
「人が亡くなっているのに不謹慎だ」というのも当たらない。
現にトランプの口から、犠牲者を悼む神妙な言葉を、一つでも聞いたことがあるか?
選挙戦が有利になったことで、ただ有頂天になってはしゃいでいる。さっそく次期大統領気取りで、外交もどきまで始めている。
不謹慎なのはそんなトランプ陣営であって、あらかじめそれを見抜いて、すかさずコメントした膳場貴子の方ではない。
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トランプ陣営の自作自演説だって、けっして見当はずれではない。
支持者の一人が亡くなったことで、「それはない」と世間に思い込ませる。それがかえって、策略なのかもしれない。
支持者の命と、その一票なんてなくなったところで、トランプ劇場が大いに盛り上がれば痛くも痒くもないわけだ。
そういう血も涙もない世界なんだよ、政治というのは。
もちろん今になってみれば、陰謀論はかなり無理がある。だがそれは、あくまで後知恵だ。少なくとも初動の段階では、容疑者の素性はまだわからなかった。
もしプロの暗殺者なら、8発打って耳をかすめるだけというのは、あまりに不自然だ。集会の演出だ、と疑うのは理にかなっていた。
膳場は喉まで出掛かっていた「自作自演」の言葉を、 「プラスのアピール」と言い換えた。それだけでもすぐれたバランス感覚で、良識派と褒められていい。
事件が起こるたびに、「けしからん」「かわいそう」しか言わないようなコメンテーターなら、もちろん炎上はしないだろう。
だがわざわざ高いギャラを払ってまで、そんなものを見せられては視聴者はたまったものではない。
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「神が自分を生かした」「自分は神に選ばれた」――ということは、亡くなった犠牲者は神に選ばれなかった、無価値な人間だということになる。
別に論理を弄んでいるわけではない。トランプは本気で、そう考えているのだ。
かつてトランプは、第一次世界大戦の米兵戦死者を「負け犬」「間抜け」と嘲った。(注)
国のために戦って、命を散らした戦士すら、この扱いなのだ。
まして集会に居合わせて、たまたま被弾した犠牲者など、「間抜け」以外の何物でもない。
敬意を払うどころか、大統領返り咲きのための、踏み台としか思っていない。
「人間としてどうなのか」と真っ先に疑問を呈されるのは、膳場貴子ではない。言うまでもなく、このドナルド・トランプの方なのだ。――
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