嘘つきの天才―「いけないバイトもやり放題」

(話は前回から続く)

 昔ある女子高生が、いけないバイトをして、そこそこの金をため込んだ。

 その金を勉強部屋の机の、引き出しの奥に無造作に詰め込んで「隠して」おいた。
 勝手に部屋の掃除をした母親が、それに気づいて問い詰める。
 娘は難なく答えてみせた。
――頼まれて、友だちのお金を預かっているんだ。

 当然、親は追及の手を緩めない。友だちって、どの娘? で、その友だちはどうやって、そんなお金を稼いだの?
 それでも娘は、臆する様子もなく、毅然とした口調で言い放った。 
――それは言えない。それを言ったら、友情を裏切ることになるから。

     *

 もちろんすべては、ありもしない作り話、でっち上げである。
 とっさに思いついたのか、こうなることも想定して、あらかじめ言い訳を準備していたのか。

 筋書き自体はありきたりのものだが、それを物語るときの口ぶりがすごい。
 友情まで引き合いに出して、感極まったふうで、涙さえ浮かべる。
「それを言ったら、友情を裏切ることになるから」――どの口が言うか、というようなセリフを、しゃあしゃあと言ってのける。

 いささかの迷いもない。心の揺れも感じさせない。完全に虚構の世界の役どころに、なりきることできる。 
 こういう場面にでくわすと、女は噓つきの天才だな、とつくづくと思う。

     *

 男の場合は、けっしてこうはいかない。

 気の利いた言い訳など、そもそも思いつかない。
 たとえ思いついたとしても、言っている途中で何だか、気恥ずかしくなってしまう。
 そうやってチマチマと、小細工をしている自分が嫌になる。だからおどおどとした態度が、おもてに出てしまう。全部バレバレになる。
 というよりも、いつのまにか何もかも、面倒くさくなってしまうんだ。だんだん投げやりになってきて、破綻必須の穴だらけの論理を、繕うことさえしなくなる。――

 まさか男の方が女より大物で、道徳的だ、などと言っているわけではない。
 おそらくは両者の、育ってきた文化が違うのだ。
 男の場合は結局、最後は腕力勝負だ。いくら言葉の上では相手を言い負かしたとしても、「それがどうした、この野郎」と、一発殴られたらそれで終わりなのだ。
 だとしたら、言論合戦みたいなものは、初めから何の意味もないわけだ。

 策を弄したり。こそこそ立ち回ったり。裏をかいたり。そういう戦法も、あまり得手ではない。
 ただ物理的に、力の強いものが勝つ。マッチョの論理が、男たちの世界を支配する。
 ナタを振り下ろして、叩き割るような発想に、みんな慣れっこになってきた。
 彼らがあれほど嘘が苦手なのも、きっとそういう文脈なのだ。

(話は次回に続く)

           

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