最近では有名人・芸能人のたぐいが、世の中の諸事象について、コメントをするのがはやっている。
インフルエンサーを気取るのはいいが、あんな発言にどれだけの意味があるのだろう。
たとえばレイプ事件があったとすると、「けしからん。人間として許せない」と怒る。
御説ごもっともだが、強姦が非道であることくらい、誰にでもわかっている。いまさら「一足す一は二」みたいなことを言われてもなあ、という気がする。
またその逆のパターンもある。
余人は気づかないような、盲点を突く。オリジナルな、うがった見解を述べる。
だがよくよく点検すれば、実際にはその内容は矛盾だらけだ。まるで見当はずれの、「あさって」な立論とわかる。
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このあいだ、フィフィとかいうエジプト女が、同様のコメントをしていた。
旭川で起きた、例の女子高生殺害事件について、こんな趣旨の発言をしていた。(注)
この事件の報道で、被害者は素顔が晒されているのに、なぜ加害者は厚化粧の加工写真ばかりが使われるのか。
加害者の人権とプライバシーばかりが配慮され、守られる。一方加害者のそれは、平気でないがしろにされる。
毎度のことながら、日本の国の人権感覚は、狂っていると思う。
一見、鋭い指摘のように見える。
貴重なご意見を拝聴して、いっぱい「いいね」もついている。
ご本人も、見事に世の中を論破したつもりになって、いい気になっている。
だが実際には、何一つ正鵠を射てはいない。噴飯物のコメントにすぎない。
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事態の正しい理解はこうだ。
たとえば仮に、内田容疑者の報道に高校時代か何かの、素顔の写真を用いたとしよう。
すっぴんの高校生の写真には、どうしても「まじめないい子」のイメージが付きまとう。
それを見た視聴者は、きっとこう思う。根は素直な子なのに、きっと周囲の環境が道を誤らせたにちがいない、と。
そんな誤解を与えてはいけない。極悪なヤンキーなんだから、写真もそれらしく、ギンギンの厚化粧でなくてはいけない。「こんな加工写真ばかりSNSに上げているバカ女 」と思わせる必要があるのだ。

その逆に、被害者の写真がド派手なメイクなんかしていたら。
なんだ被害者も、けっこうな遊び人だったんじゃないか。そんなことをしているから、事件に巻き込まれたんだ、――と、これもまた間違ったメッセージを与えてしまう。
そんな誤認を避けるべく、マスコミはあのような写真を配した。
もちろん意図的にではない。化粧と写真についての世の中のステレオタイプが、無意識に写真を選ばせた。
けっして「加害者のプライバシーを守るために加工写真を用いた」わけではないのである。
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これが事の真相だ。
本当の論破というのは、こういうものなのだ。
あのフィフィとかいうエジプト女には、それができなかった。理屈が空回りしてしまった。
別にエジプト女だからと、いうわけではない。
自分は国籍を含め、あらゆる人間の属性について、偏見など持たない。公明正大な人間である。
「外人だから」とか、「日本人ならば」とかいうことではない。
どこの国でも、結局は同じことだ。
洋の東西を問わず、頭の悪い人間たちには、なかなか物事の本質は見抜けないものなのである(笑)
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