思いは具現する――株価における「法則性」の正体

 株価には法則がある、とよく言う。

 たとえば数日間、株価の下落が続いていたとする。
 ところがその数値が、たとえば「5日移動平均」(過去5日間の株価の平均値)にまで達すると、急に上昇に転じる。

 これをグラフ(株式用語ではチャートと呼ぶ)で図示すると、まるで地面に当たったボールが跳ね返るように、株価がそこで反発したのがわかる。

 これを株の格言では、
「(上向きの)移動平均線は下値支持線として機能する」
と言ったりする。

     *

 そんなことを言うと、皮肉屋たちはあざ笑う。
 株価というのは、人の世の現象だ。気まぐれな人間社会の出来事に、自然界の物理法則が当てはまるかのように言いなすなんて。詐欺師の口上でないとすれば、未開人の迷信に近い思い込みだ、と。

 だがそんな言い分は、ちょっと違う。
 もちろん同一の現象が、いつでも決まって起きるわけではない。そういう意味では、もちろん物理法則とは違う。

 だがしかし、それは確かにしばしば起こる。有意味と思えるほどに頻繁に、現れる現象なのだ。
 人間世界と自然界の、線引きにこだわるあまり。
 そんな「傾向」としての法則性まで否定しようとするのは、かえって非科学的な態度と言わなければならないだろう。

     *

 種明かしをすれば、こういうことだ。

 株価をずっと、観察していたとする。
 あるとき、ふと気が付く。あるいは誰かから指摘される。下落が続いて、ついに5日移動平均にまで達したぞ、と。

 そこで例の、格言を思い出すわけだ。
「(上向きの)移動平均線は下値支持線として機能する」――もちろん眉唾なところはある。いつも当てはまるとは、かぎらないのは知っている。
 でも先人たちの教えだから、ある程度は理にかなっているのだろう。ちょっとだけでいいから、そろそろ買ってみるか。…… 

 もちろんそう考えたのが、たった一人の人間なら、大勢に影響はない。
 だがもしもみんなが、同じことを考えて。みんなが恐る恐る、ちょっとだけ株を買ったとしたら。
 株価はちゃんと、上がり始める。
 見事なまでに、5日移動平均線で跳ね返るわけだ。

 あらかじめ世界の中にある法則性を、格言が言い当てたのではない。
 格言が先にあって、それが人の心を操って具現化する。
 言葉が法則を言い表したのではない。言葉が人の心を――人の世界を動かして、法則となったのだ。……

     *

 別に金儲けの話を、しようというわけではない。
 ただ人間世界の姿は、人間の思いによって規定される――そんな当たり前のメカニズムを、思い出してほしかっただけだ。

 それはかつて過去投稿(「世界は変えられる」)に書いた通りだ。
「世界」はけっして、私たちとは別の、外側にある何かではない。不可塑な石質の素材で出来上がった、堅固な牢獄のようなものとは違う。

 もしそれが、人間世界という意味でなら。私たちの社会という意味での「世界」なら、それはただ「私たち」の「あり方」であるにすぎず、その「思い」によって自在に変えることもまた可能なのだ。

「夢」はけっして、非現実の夢想とは違う。私たちの願いが強ければ、それはたちまち現実となって成就する。――そんなお定まりの人生哲学も、そこではあながち笑い物とばかりは言い切れない。

 卑近な例になるが、株価なんかその最たるものだ。みんなが上がると思えば上がり、下がると思えば下がる。
 ただそれだけの話なのだ。――

コメント

タイトルとURLをコピーしました