<第74回ダービー>オイシかったウオッカの単勝

 その馬の使われ方(ローテーション)を見れば、いろいろなことがわかってくる。

 本当はどのレースに、照準を合わせているのか。
 今日のレースは単なる試走なのか、それとも死ぬ気で走らせて、勝ちにくるのか。
 しばしば「勝負度合い」と呼ばれる、本気度が伝わってくる。

 そればかりではない。
 その馬の能力や適性を、陣営(関係者)がどう評価しているのか。
 引退したその後も見据えた上で、どんな路線と戦略で、馬とかかわっているのか。――

     *

 2007年の第74回ダービー。牝馬のウォッカが優勝した。(注)
 3番人気だったが、単勝は1050円もついた。
 2着以下を3馬身ちぎった圧勝であったことを思えば、実に「おいしい」馬券だった。

 レース前、友人の一人がこう断じた。
「戦後、現在の競馬の方式になって以来、牝馬がダービーで優勝したことは一度もない。
 女性ファンのミーハー人気で、3番人気になっているなら、いわゆる『お客様』だ。
 無条件で切り捨てていい」
 馬鹿かよ。
 そんな考え方では、永遠に競馬の勝ち組にはなれはしない。

 1952年の改変で、それまでは秋に行われていた牝馬のクラシック「オークス」が、春に移動になった。
 ダービーが行われる、ちょうど1週間前。条件も全く同じ、東京競馬場芝2400メートルだ。賞金だって、そう決定的な違いはない(現在でダービー2億円、オークス1億4000万円)。
 男馬相手のダービーに比べて、オークスは牝馬限定だ。つまり勝ちやすいのだから、牝馬は当然そちらの方に回る。特別な事情(後述)がある馬を除けば、ダービーに出ることはない。
  そもそも出走しないのだから、「牝馬が優勝したことは一度もない」のは当たり前で、牝馬が弱いという根拠にはならないのだ。

   *

 ごくまれに、例外はあった。
 特別な事情がある牝馬は、ダービーに出た。

 たとえば同じ厩舎とか、同じ馬主の有力馬が、オークスに出場する。
 僚馬(同僚の馬)同士が勝ちを争う。競合するというのは、あまり合理的ではないと考えて、一方はダービーの方に回るのだ。

 あるいはオークスでも、まず勝ち目がないような馬もいる。万が一、あわよくば、という程度の実力だ。
 せっかくの3歳馬の晴れ舞台だから、テレビに映させてやりたい、というだけで出走する。
 だけど、ちょっと待てよ。同じあわよくばなら、ダービーでひと暴れした方が目立つじゃあないか。というので、オークスから回ってくるのだ。

 相手関係が、からむこともある。
 たとえばオークスに、とんでもない、断トツの実力馬が出走する。
 うちの馬もかなりの力量だが、あの馬にはとてもかなわない。2着はともかく、1着は到底望めない。
 そう考えたら、まだダービーに出た方がいい、と判断することもある。

     *

 さて、当のウォッカの場合は、どうなのか?

 オークスに同厩舎の馬も、同馬主の馬もいない。これはチェック済みだ。
 加えて前週に行われた、オークスのレースたるや。
  直線で10頭が横並びになり、結果1着から4着までのタイム差は0.2秒。大接戦で、展開次第でどの馬にもチャンスがあった。
 図抜けた馬なんて、1頭もいなかった。ウォッカが勝負にならない、なんてことは絶対にありえなかった。

 てことは、ウォッカがオークスを捨てて、ダービーに回る理由なんて一つもない。
 通例なら。普通なら。
 考えられる事態はただ一つ。
 ウォッカは、普通ではない・・・・・・馬なのだ。
 とんでもなく強い。オークスに出てももちろん優勝できるが、ダービーでも勝てる。
 同じ勝つなら、ダービーの方がいい。賞金もやや高いし、何より将来繁殖に上がるときに、ダービー馬であるということは何物にも代えがたい勲章になる。
 陣営はそう判断して、レースを選んだのだ。

 勝ち目がある、とかいうレベルではない。
 もしダービーの優勝可能性が、50%と踏んでいるのなら、オークスを選ぶ。オークスなら、確率は80%くらいに上がるだろう。そうしてより確実に、利益を上げるのがビジネスなのだ。
 ダービーの勝利確率が90%なら、それでもオークスに行く。そこなら100%勝てるから、そちらを選ぶ。
 てことは、だ。ダービーを選んだ理由は、たった一つしかない。
 陣営はダービーに出ても100%勝てる、と踏んでいるのだ。もちろんオークスでも100%だが、同じ100%ならダービーの方が箔が付く、というわけだ。

 100%てことは、多少の展開の不利や、アクシデントは関係ない。それでも勝てる、と判断している。
 逆に何事もなく、普通にレースが運べば、ぶっちぎりの勝利が予想される。
 そしてそんな陣営の判断通り、ウォッカは3馬身ちぎった楽勝劇を、演じて見せたのだ。

     *

 前週のオークスの、凡戦ぶりをテレビで見て。
 その瞬間、自分は確信したわけだ。
 こんな低次元のメンバーの、寝ていても勝てそうなレースを袖にして、ダービーに向かったウォッカ陣営は、余程勝利に自信があるのにちがいない。

 だとしたら買うべき馬券は、もちろん一つしかない。ウォッカの単勝に、全財産をつぎ込まなくてはならない。――
 筋道立てて物事を考える、そんな習慣が奏功して、自分もまた馬と一緒に心おきなく、勝利の美酒に酔いしれることができた。

 何のことはない。遠い昔の、馬券自慢をしてみたわけだ。
 もっとも「全財産」がいくらであるかは、人によって違う。
 それが五千万円だと言ったら、みんなぶったまげるだろう。
 だがもしも五千円だと知ったら、きっともっと、ぶったまげるのにちがいない(笑)――

(話は次回<ネオユニヴァース>使い捨ての早熟馬たちに続く)

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